『旅立ちの時』 心でつくるルメット
『十二人の怒れる男』『質屋』『オリエント急行殺人事件』『評決』、どちらかと云うと強面の社会派作品や、ミステリーがお得意なシドニー・ルメットが、こんなかわいい小品を作っていたとは知らなかった。名画座全盛の時代だったら、ふらっと立ち寄った名画座で予備知識なしに観て、首ったけになるようなタイプの魅力ある映画だ。
ベトナム戦争真っただ中の1971年、ナパーム弾を製造していた大学の研究所を爆破し、警備員を失明させた若夫婦(『普通の人々』の医者ジャド・ハーシュ、よく知らないクリスティン・ラーチ)は、15年間二人の子供を連れて、各地を転々としながら逃亡生活を送り、すっかり中年になっている。17歳の長男は、新しい土地でピアニストの才能を見いだされ恋人もでき、自分の人生を歩み出したくなるが、果たして両親は・・・。
感受性豊かなリヴァー・フェニックスの青春模様だけでなく、今では放射性廃棄物処理問題など草の根的な市民運動を進めている、両親のドラマも面白い。
父親は、両親がソ連から移住してきたコミュニストで、ロックはいいがクラシックはブルジョワ的だと云うカタブツ。母親の実家は裕福な家庭で、彼女の母親が全米心霊協会会長なる不思議な設定。ジュリアードを出てピアニストを目指しているうちに、夫と知合いピアニストの方は諦めたが、DNAが長男に受け継がれている。
FBIから逃げるため、死亡欄から架空の名前を借り、社会保障証などの交付を受けているだろう。仲間から資金を得たり車を交換したりして、素顔を隠した人生を送っている両親だが、子供たちが素直に協力する姿がいじらしい。両親の生真面目さが推測できる。おそらく、20代前半の理想をそのまま追い求める気質を、中年になっても捨てきれないのだろう。
かつての仲間が訪れ銀行強盗に誘われるが、夫は断る。妻の元カレらしいこの男も、暴力革命なるものをいまだに信じているらしい。一夜の宿を提供した夫が、60年代のヒット曲『オー プリティウーマン』を唄いながら泥酔して帰宅する。
♪ 可愛い彼女 通りを歩いてる彼女
可愛い彼女 知り合いになりたいタイプ
可愛い彼女 信じられない 君は夢か幻
君ほどカッコイイ子はそういないよ
いい年した中年親父の、少年のような妻への想いが、可笑しくもホロとっくる。
リバーがガールフレンドのマーサ・プリンプトンを母親の誕生日に招き、みんなでジェームス・テイラー『ファイアー・アンド・レイン』を合唱する。両親の思い出の曲が、長男の心情と重なる選曲の巧さ。
♪ 燃え盛る火、降り注ぐ雨、
決して曇ることない晴れた日々、
たった一人の友達さえいない孤独の日々
そんな明暗の日々があっても、ずっとまた君と会えると思っていた
80年代のティーンのマーサだが、父親が音楽教師だからだろうか、幅広い範囲の音楽を彼女が知っており、この家族が気に入る資質の持ち主で、古い言葉だがリバーのベター・ハーフ的な感じもする。
ジャガイモのようなジャド・ハーシュもいいが、美しいクリスティン・ラーチが素晴しい。リバー・フェニックス、マーサ・プリンプトン、みなさん適役、これはキャスティングの勝利ですね。
クリスティンが絶縁していた両親との葛藤も丁寧に描いて、風変わりな家族の肖像が爽やかな感動を呼ぶ。
このような家族の繊細な心情を描写するルメットのタッチは、冷静に人物たちの行動をありのまま紹介しようと、あくまでも素朴。奇をてらわず、それぞれの行動を一番理解できやすいポジションから切り取っている
再会した元カレを拒絶した母親を、隅の階段でじっと聞いていたリバーなど、印象に残るシーンが多い。所々で観られるロングショットも、素晴しい情感を生む。愛犬を置き去りにするショットや、リバーとマーサが砂の崖を下り海辺に出るショット、ジュリアードの実技試験で高く評価されたリバーが、喜びを全身で表すように街角を走り回るショットなどがそれである。
これは、ひとえにシドニー・ルメットが、いわゆる映画を<頭で作らずハートで作っている>証拠だと思う。いい監督だなあ、なんか惚れ直した感じ。
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