江戸前鮨の至福
<福岡の食>は、旅行者として訪れた場合と、住んで楽しむ場合とはでは、大きく異なる。
東京にいた頃、たまに訪れる博多は、新鮮な魚・もつ鍋・豚骨ラーメンなど、旅行者のほとんどが味わうものを楽しんだ。
いざ暮らしてみると、もつ鍋や豚骨ラーメンはほとんど箸が向かない。とくに豚骨ラーメンは、化学調味料で頭痛がする。
博多で美味いのは、食材です。
魚、とくに鰯鯵鯖の青魚、白身が充実。春の市内で採れる天然のワカメもうまい。穴子の身分が、養殖の鰻より低いのもいい。近くのスーパーで、東京の三分の一くらいの値段で買える。金串で焙り、ワサビ醤油でいただく。
アサリよりシジミが高いのも面白い。
鶏肉も野菜もうまい。春先、フキノトウが安く買えるし、タケノコは産地なので安くて美味い。
牛肉は霜降り天下なので、よろしくない。グラスフェド(牧草飼育だから赤身が美味い)を通販で買っている。
料理となると、これがあまりいただけない。
醤油が甘すぎるのはお国柄としても、揚げ物など技術が総じて未熟な感じがする。食材が新鮮なので、料理の腕がなくても、そこそこ食わせるものが出来るので済んでいる、そんな印象がする。
原因はと考えるに、九州中から集まった若者に迎合した結果なのでは。
一方、下町には『かろのうろん』のように、食べ飽きない、美味しいものが残っている。まっとうな居酒屋や料理は、昔からある店がほとんど。かつては多かったが、若者好みの味に駆逐されたのだと思う。
テレビのいわゆるグルメもののレベルの低さは凄い。
こちらでは有名な、本も出している女性グルメリポーターが、江戸前の鰻屋を紹介するのに、
「江戸前の鰻とは、(水っぱなをすする仕草をして)てやんでい!みたいなものです」
ぶっ飛びました。
蒸す蒸さない、腹開き背開きなど、まったくご存じないよう。
この人、<洋食>が、西洋料理をご飯に合うように明治に開発された日本料理だと云うことも知らなかった。
前置きが長くなったが、江戸前鮨だけは、まっとうな店が一軒ある。
『鮨田可尾』
10年くらいの店で、8年通っている。
酢飯に合うように仕事をしているタネが多い江戸前。西日本は白身の質が高いそうだが、当方、あまり関係ない。鮨はバリエーションを楽しむものだと心得ているから。
小肌、赤身(ヅケ)。ちなみに<ヅケ>はヅにアクセントを置く。慶応から続く『弁天山美家古』で発音していたので間違いない。寝かせて旨味を引き出した鯛、鮃の昆布〆、〆鯖、煮ハマ、塩蒸しの鮑、酢にくぐらせた赤貝、穴子、卵焼などの中から、食べたいものを2つづついただく。
ご主人は、生真面目不器用、慣れないお客でも、遠慮なく話せば、誠実さは分かると思う。
燗を頼んでも「熱燗ですね」とバカなことは云わないし燗具合も丁寧、<一貫>などの隠語をお客には使わない、そのへんもちゃんとしている店。
酒2本くらい、1時間で帰るのがちょうどよい。
本当に不思議、まともな蕎麦屋もない街で、どうしてこんな粋が店があるのだろう。
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