邦画

2008年10月 2日 (木)

『おくりびと』 日本映画名物<非常識満載>ドラマ

 東京でチェロ奏者として生活していくことが困難になった30代の男が妻と、故郷山形の亡き母が残してくれた廃業した喫茶店兼住居に戻り、納棺師の仕事を通して生や死の尊厳を体験していくお話。
 こう書けば秀作みたいだが、<日本映画によくある非常識>が満載で、せっかくの面白いストーリーが穴だらけのスカスカドラマになっている。

 もらったタコが生きているからと云って、わざわざ海まで返しに行く? もらったのは食べるためだろう、まさか茹でたら赤くなることを大の大人である妻は知らなかったの? それとも、生きているので海に返したら死んでたことが分かり、<死の意味>を主人公が考える体験を描きたかったのか。
 
 <旅のお手伝い>なる納棺師の新聞広告も現実にありそうもない。個人経営の葬儀屋にとって、チラシ広告と云えども大変な出費、こんなお遊びなんかするものか。面接で仕事の内容を知らせないまま採用する方、受ける主人公もバカみたいである。2度ばかり、現場に立ち会っただけで、深夜の自殺者をひとりで片付ける。納棺師に必要な真摯な心構えと熟練した技術を習得する過程がいっさい表現されていない。いつの間にか、一人前になっている不思議さ。この当たりでドラマそのものの真実味がなくなる。
 生きているタコに驚いた妻(芝居する広末涼子を初めて観たが、おぞましいほどヘタ)も妙な人で、絞めた鶏を首がついたままニコニコと食卓に出すかね。旦那の仕事を知り、相手の気持ちを理解しようとするそぶりもなく「汚らわしい」の一言で実家に帰る。戻ってくるや、「お金はいらないから止めて」と、どう生活していくか念頭にない。思考がほとんど小学生レベルである。
 妻をはじめ人物みなさん薄っぺらい。山崎努も、現在の仕事を始めたきっかけが9年前の妻の死らしく、9年のキャリアしかない。60代だろうが、それ以前どのような人生を送っていたのか。
 ラスト、父親を納棺する場で、地元の納棺師が出てきた主人公のリアクションも妙。出てきた時点で説明するでしょ。

 いわゆる<突っ込みどころ>を書き出したらキリがない作品だが、死を扱っていること、広末以外の役者(中でも山田辰夫が抜群)が巧いこと、演出が丁寧なことでなんとか最後まで観ていられた。その程度。

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2008年7月25日 (金)

『ぐるりのこと』 途中までは傑作でした

 冒頭、<セックス日課>をめぐる木村多江とリリー・フランキーの芝居が大変リアル、とても見事なので傑作の誕生を予感させたが、途中で空中分解してしまったような作品。
 まず理解に苦しむのが、実在の事件を再現したような裁判シーンの挿入。妻の精神の危機を夫がどうするかと云うストーリーとの関係をまったく感じない。夫婦と親兄弟など周囲<ぐるり>まで含めた社会を描こうとしたとしてもとってつけた感じ。
 妻の心が揺れ動くドラマとしてのポイントをあまり丁寧に描いていないのと、鬱症状もそれほど深刻には見えないので、回復してもドラマが深くならない。
 帰宅するとベランダに雨に濡れている妻を見つけた夫の行動や、妻の母(倍賞美津子)の水の壷が壊れたときの家族のリアクションなどもありそうになく、独りよがりな印象を受ける。
 役者は主役二人から江口のりこら小さな役まで素晴しいし、リアルな芝居を作り上げた演出も大変優れている分シナリオの異様さが目立った。
 
 

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2008年6月14日 (土)

『ザ・マジックアワー』 やっぱり三谷が大嫌い

 私はコメディが大好きである。特にニール・サイモンは『グッバイガール』以来大ファンである。
 ジーン・サックス『裸足で散歩』『おかしな二人』、ハーバート・ロス『カリフォルニアスイート』『わたしは女優志願(映画に出たい)』や『泣かないで』(ジンジャーブレッドレイディ)『第二章』など芝居が原作の作品から、『キャッシュマン』『昔みたい』、クラシックミステリーのパロディ『名探偵登場』、『マルタの鷹』『カサブランカ』などのパロディ『名探偵再登場』、オリジナルも大変面白かった。『ブライトンビーチ』『ビロクシーブルース』、自伝ものも好きだ。思いつくまま書き出しても、このくらいある。
 早川書房の戯曲集は何回読んだか数知れず、テアトルエコーの熊倉一雄・納谷悟朗『サンシャインボーイズ』も楽しかった。仕事でお会いした納谷さんには、ニール・サイモン戯曲集第一巻にサインしてもらった。
 不器用な生き方の主人公が人生の再出発にチャレンジするプロットが多い。アルコール依存症(『泣かないで』)、愛妻に逃げられたサラリーマン(『おかしな二人』)、愛妻に先立たれた作家(『第二章』)、振られ続きの売れないダンサー(『グッバイガール』)、鬱の中年(『二番街の囚人』)。シャレた台詞で不遇に毒づき周囲を巻き込みながら、やがて主人公たちが生きる力に目覚めてくる、いかにもアメリカらしい世界観が素晴しいと思う。

 シド・シーザー門下でサイモンの先輩になるメル・ブルックスも好きだ。
 『ヤングフランケンシュタイン』『新サイコ』『サイレントムービー』『ブレージングサドル』『珍説世界史パート1』そしてなにより『プロデューサーズ』(オリジナルもミュージカル版も)、それぞれ楽しかった。
 西部劇のパロディ『ブレージングサドル』、『世界史』は、アメリカ風すぎてそう面白いものではないが、『世界史』でブルックスのチャールトン・ヘストン風のモーゼが、3枚かかえていた<5戒づつ書かれた石板>を一枚落として割ってしまい十戒になるギャグは、おなかが苦しくなった。
 パロディがベースの作品が大半なので、日本人が観ると分かりづらい部分が多いものの、ブラックなユーモアは素晴しい。おぞましい世界の『プロデューサーズ』(オリジナルもミュージカル版も)は傑作である。
 ルビッチ『生きるべきか死ぬべきか』のリメイクは、この人がいかに映画をよく知っているかが分かる秀作である。

 ポリスアカデミーシリーズも何本か観た。バカバカしくてもそれなりに面白かった。
 
 『釣りバカ日誌』も、西田敏行と三国連太郎の安心して観られる芝居は入場料の価値十分、観客を楽しませようと云う熱意が伝わる立派なもの。だてに、長く続いている訳ではない。
 
 さて本作。
 ニール・サイモンやビリー・ワイルダー好きな人の作品とは、とても思えない。リアルな現実社会との整合性やドラマのリアリティを無視したコントの羅列である。映画にさえなっていない。
 笑えるどころではない、観客をバカにしたストーリー(と云えるかどうか)に不愉快さしか感じなかった。
 ヤクザの親分の求める殺し屋として売れない役者を騙して代役させ、映画撮影と称して親分との面会をゴマかそうと云う発想は、吉本新喜劇の「ほな、こないしよう!」のアイディアより説得力がない。

 熱演の佐藤浩市が哀れでさえある。

 深津絵里の色気も華も演技力もない無惨さ。

 また、<マジックアワー:魔法の時間>の意味まで曲解している。マジックアワーとは、日没後や日の出前の、空を反射板として大地が間接照明される時間帯のことで20分ほどあり、<一瞬>ではない。映画ファンにはテレンス・マリック監督の名前より撮影監督アルメンドロスで有名な『天国の日々』で知られている。
 
 映画やコメディに対する冒涜、観客への傲慢さだけの2時間20分。

 これは食べ物で云えば、化学調味料たっぷりの食事である。美味しいと感じる人は、テレビドラマと云うフジの素(ふじのもと[意味]お台場のテレビ局製造の化学調味料)に慣れすぎて舌が麻痺しているのだ。わるいことは云わない、天然だしのサイモン作品を観て舌を洗って欲しい。

 観た後、気分が悪くなった。
 料簡が狭い『実録・連合赤軍』、趣味が悪い『ノーカントリー』であるが、少なくても監督の腕は一流。本作の気持ち悪さは、映画になっていない映画、コメディを装ってコメディになっていないものを観せられたことが原因。長い間映画を観てきて、胸が悪くなるような不快感をおぼえる作品は初めて。
 いや、もうひとつあった。『有頂天ホテル』があった。

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2008年6月10日 (火)

『アフタースクール』 セコイ

 勧められて観たが、がっかり。あざとい。

 失踪した男の謎でひっぱる前半は観られるが、後半はほとんど言い訳のような説明。観客の巻き込み方もセコイ。
 肝心のトラブルの事情と解決方法がよく分らず、捕り物のリアリティとヤクザの怖さもなく、カタルシスもない。
 
 小説も含めて、<傑作!>と云われる和製のミステリーは、本当に信用できない。

 『スティング』『テキサスの五人の仲間』とまではいかなくても、デビット・マメットの粋な『スパニッシュ・プリズナー』くらいの知恵が欲しい。

 唯一の収穫は、大泉洋。

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2008年5月13日 (火)

『七人の侍』海外版

 『七人の侍』は、1975年テアトル東京で、現在観られる3時間27分の完全版が公開されるまで、名画座には2時間40分くらい?の短縮版がかかっていた。ベネチア映画祭に出品するため、監督が編集とダビング(音入れ作業)をやり直したバージョンで海外版と呼ばれていた。
 その海外版を久しぶりに観たくなった。
 「完全版があるから、いいじゃないの」と云われそうだが、この海外版、単に時間が短いだけではなく、使っている<画>が違うのですよ。
 この作品から、合戦場面などシーンによって複数キャメラで撮影しているので、キャメラの台数分の映像があるわけだ。

 違いで憶えているのは、決戦の朝、勘兵衛の「残るは13騎・・・」のショットは現在の引きぎみのサイズではなくアップだったこととラストの音楽が違っていたことくらい。
 友人は「前半の終わり、造反しようとする小杉義男たちに対して、勘兵衛が抜刀し迫ってくるショットが移動だった」とのこと。
 定かではないので、確認してみたいのです。
 黒澤自身「後半は刈り込んだので迫力が出た」と発言していた(出典を確認します)ほどのバージョンなのですよ。
 ボロボロでもプリントは存在するはずです。

 ついでに書くと、この作品、東宝がレーザーディスクを出す時に、監督自身がダビングをし直し、鉄砲の音を倒れるアクションに近づけているのと、久蔵の決闘では斬る音を入れている。
 ちゃんとプリントも焼いており、東京国際映画祭の関係で上映した渋谷のオーチャードホールで観ている。

 さらに、DVD発売の時、斎藤孝雄キャメラマンがフィルム傷の修正を指導しているが、プリントに焼いたのかは知りません。 

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2008年5月 4日 (日)

『ひめゆりの塔』(1953)『ビルマの竪琴 総集編』(1956)

 恥ずかしながら、初めて観た。
 両作、もっとも強く感じるのが、戦争戦場の臨場感。なにしろ、作品のほぼ10年前に体験していた人々が製作し演じていたのだから。

 『ひめゆりの塔』
 沖縄の言葉・風俗、殺戮の描写、会話などが、今から観てリアルさに欠けていても、補って余りある迫力を感じる。いくつかの原作と、体験者へのリサーチの成果なのでしょう。
 面倒見のよい軍医でさえ、<生きて虜囚の辱めを受けず>のマインドコントロールが抜けない行動、自殺用青酸カリを持っている友人を羨む女学生、どんなに死者が出ても嘆くこともせず気持ちの反応もほとんど見せず淡々と行動する人々、など劇映画の形を借りた実質ドキュメンタリーのような印象がした。

 『ビルマの竪琴』
 たった一人で広大なキリングフィールドを通った体験が、兵士の心を軍人から市井の人に戻すお話。
 坊さんを大切にするビルマの人々や大きな仏像、『埴生の宿』『仰げば尊し』などの唱歌、琴の音なども一役かったのでしょう。
 
 戦場を描きながら反戦映画にするためには、<国家のために戦場で戦う>ことが実は<市井の場で市民が殺戮し合うだけ>という視点に立って描くことが不可欠なのだ。

 今井正・市川崑両巨匠が、戦後数十年たってもリメイクした理由もよく分かる。
 戦後社会に、<国家のために戦場で戦う>インチキな戦争観の方が蔓延してきた危機感を強く感じていたからなのでしょう。
 21世紀の今、『硫黄島から手紙』が反戦映画に評価されるくらい世の中はおかしくなっている。
 

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2008年5月 3日 (土)

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 1時間で頭痛

 スクリーンの中では日本人が日本語を話しているのに、真意がほとんど理解できない。<業界用語>と<業界論理>はまるでコメディである。つい爆笑失笑し、笑いをかみ殺すのに苦労した。
 時代劇をクソリアリズムに従い当時の言語と表現で芝居にしたら、このようなことになるのだろう。

 記録をもとに事件を忠実に再現したようなこのドラマ、予備知識がある観客には分かるのだろうが、ニュースになった名前くらいしか知らないこちらには、誰がなにをしようとしているのかさえ理解できない。
 やっていることはほとんど変わらない広島のヤクザのほうが、まだ分かり易かった。

 20歳を過ぎたいい大人の革命ごっこが度を超して、集団催眠にかかったあげく、リンチ殺人を起こした事件を、事件の本質とは関係のない学生運動とからめた、甘えたような価値観。

 新宿ゴールデン街のバーで、団塊世代の連合赤軍オタクにからまれ、聞き手の都合も考えず延々と昔話を聞かされたみたいな作品。

 ドストエフスキー『悪霊』の方が、はるかにエンターテインメントです。

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2008年3月15日 (土)

『母べえ』『明日への遺言』 がっかりの2本 

 良心的な映画監督2人が戦争に関係する作品を作ったというので期待したが、失望した。
 期待が大きかっただけに、文句をつけたくなる。

 『母べえ』
 
 まず、ヒロインがのっぺらぼうと云うか、個性がないというか、どんな人間なのか分からない。
 10歳くらいの子供がいるのだから30代だろうが、そう見えない。吉永小百合の実年齢の問題ではなく、世代や人となりを想像できるような台詞や行動がない。
 夫想いで子供に優しく、水泳が得意くらいは分かるが。
 これは、檀れいの美校生(でしたっけ?)も同じで、20代に見えない。
 申し訳ないですけど、観るうちに「〜べえ」が耳障りになった。
 
 投獄されている夫の教え子が、あれこれ手助けし想いを寄せても、ヒロインの個性が魅力的でないのと、今の北朝鮮のような言論弾圧下の説明が不足で、なんとも説得力がない。

 戦後になり、戸田恵子の妹に倍賞千恵子の姉は、かなり無理がある。医者と云う仕事が激務にしても、やつれ過ぎですよ。

 『明日への遺言』

 B29の空襲というホロコーストに参加した敵兵を斬首での処刑を命令した中将が、裁判の報復で死刑になるという、空襲の問題全体から考えると<重箱の隅>のようなお話。
 岡田資という人が、戦中どんなことをしたのか、どのような軍人であったのか、よく分からないでので、映画全体が名優を使った贅沢な、裁判の再現ドラマのような感じしかしない。
 
 空襲と云う無差別殺人は、手を下したのは米軍だが、防ぐ手だてもなく、殺されるままになることは分かっていたにもかかわらず、無策だった大本営の国民に対する責任も考慮に入れなくては、白けるだけです。

 岡田資が悪いのではなく、映画の製作者たちの戦争に対する視点がお粗末。
 大岡昇平の原作も、こんなものなのだろうか。
 

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2008年3月 5日 (水)

『白痴』完全版の行方

 黒澤明が亡くなった時、キネマ旬報の追悼号で、熊井啓監督は『白痴』完全版を確認したと書いた。
 以来、続報がないので気になって友人に尋ねたところ、以下のように答えてきた。

 4時間以上ある『白痴』完全版は、東劇と札幌小樽でロードショー公開したときに使用したプリントで全部で3本あった。
 その後、2番館3番館でも上映されたが、損傷のため2本がジャンクされた。
 残り1本が不明な訳だが、1960年代に長野県で短縮版(現在観られるバージョン)にないシーンを観たとの証言があった。
 熊井啓は、その証言を元に探し出した可能性が高いとのこと。
 地方の映画館があい次いで閉館した時、映画好きが手に入れたのではないかと、これは友人の推測。

 事実なら、大発見です。

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2008年2月28日 (木)

『浮草』の燗酒

 小津作品には、酒を楽しむシーンが数多くあるが、わたしにとって、最高の名場面が『浮草』である。
 酒の美味さを一番感じるシーンと云う意味です。

 真夏の伊勢。旅回りの座長、初老の中村鴈治郎は、久しぶりに昔の恋人杉村春子の食堂を訪ねる。二人の間には、高校を卒業して郵便局に勤めている川口浩がいる。
 食堂は、入れば少しヒンヤリとして涼しい日本家屋。
 嬉しそうな杉村に迎えられた鴈治郎は、縁側に通される。
 「ええ風が通るなあ」
 と、団扇で袂に風を入れる。
 杉村は、燗酒を持って縁側へ。
 鴈治郎は、ぬる燗を実に美味しいそうに飲む!

 成瀬『流れる』でも分かるように、酒を美味く味わうには、もともと夏でも燗酒である。
 風の通る夏の縁側で、昔の恋人と交わす盃。

 『浮草』の杉村春子は、キャリアの中でもっとも色っぽい役だと思います。京マチ子が嫉妬してもおかしくないほど、いい女になっています。
 
 
 

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2008年2月20日 (水)

小津の猥談

 日本の家庭を舞台にした数々の上品な名作で知られる小津安二郎。
 この小津さん、多くの粋な毒舌を残している。

 後輩の監督がレールを使った移動撮影に苦労しているのを見て、
 「撮影が遅れる訳だよな、電車ごっこやってんじゃ」
 小津が、ほとんどフィクス(キャメラを固定した撮影)ながら、凝りに凝って時間を好きなだけかけて撮影していることは棚に上げていことを考えると、よけい笑える。

 戦後、自動車が普及し、若手の俳優たちが、マイカーで大船撮影所に通うのを見て、岸惠子に、
 「惠子ちゃん、いつから、大船はやっちゃば(青果市場)になったんだい?」
 「どうしてですか」
 「大根が車で運ばれてくる」

 小津作品の中に、鮨に関する猥談とおぼしきシーンがある。
 『麦秋』は、どなたか、セクハラと書いていたのを記憶しているが、『秋日和』の場合は、あまりに下らないので、関係者や映画評論家が言及しているのを見かけたことがないから。ご存知の方は、教えてください。
 
 『麦秋』(昭和26年)
 ヒロイン原節子は商社の英文タイピスト、友人に築地の料亭の娘淡島千景がいる。原節子の上司が佐野周二(関口宏のお父さん)。
 佐野周二が、原節子の異性の好みを淡島に訪ねたときの会話。

 佐野「誰かに惚れたことないのかい」
 淡島「学校時分ヘップバーン(キャサリンの方です)が好きでブロマイドこんなに集めていたけど」
 
 佐野は、ペップバーンが女だと知らされると、
 佐野「変態か?」
 淡島「まさか!」
 佐野「いやア、そんなとこだよ。おかしな奴だよー少し教えてやれよ」

 話題は鮨に。
 佐野「すし、何好きだい」
 淡島「まあ、トロね」
 佐野「トロか・・・・ハマどうだい? ハマグリ」
 淡島「すきよ」
 佐野「海苔巻きどうだい? 海苔巻き」
 淡島「きらい」
 佐野「君も変態だよ、ハッハッハハハ」

 『秋日和』(昭和35年)
 岡田茉莉子のお鮨屋。
 ストーリーと全く関係ない、店の主人と客(菅原通済)の会話。

 主人「旦那、ハマお好きですね」
 (略)
 客「(略)ハマグリは初手か・・・あと赤貝たのむよ」

 映画を観ていて<ショテ>と音で聞いても、即座に理解はしにくいけど、こうして字にすると、分かるでしょ。

 

 

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2008年2月17日 (日)

市川崑の黄金時代

 ニュースの市川崑の業績紹介が変である。
 市川崑がもっとも優れた作品群を作っていたのは、主に宮川一夫と組んだ大映時代だと思う。白黒の『炎上』『野火』(これは小林節夫)、カラーの『鍵』『おとうと』など。日本家屋をシネマスコープで切り取った構図も素晴しかった。
 撮影ばかりではなく、俳優も粒ぞろいの時代です。
 『犬神家の一族』の時代になると、ケレンが目立つようになったと思う。
 ただ、『細雪』は未見なので、今度観てみます。
 

 

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2008年2月16日 (土)

織田裕二版『椿三十郎』

 「駄目か、やっぱり!」
 「うん、とにかく話にならん」
 織田版『椿三十郎』を観た友人らの会話。
 黒澤プロダクションが承諾しているので、黒澤ファンとしては、なんだか複雑である。
 しかし、リメイクするなら、もうちょっと、知恵がないものか。
 オリジナルを知っているファンの食指が動くような企画ができませんかね。
 織田裕二が「すぐ人を斬りたがる、日本刀の抜き身のような殺気がある、化け物」に見えますか? どう贔屓めに見ても、若侍の一人にしか見えない。
 どうせなら、当初黒澤が企画した原作に忠実な『日々平安』が観てみたい。
 尾羽打ち枯らした主人公に中村梅雀。この人は、もう少し若ければ『さぶ』にぴったりなのだが。
 織田は加山雄三演じた城代の甥、「なにかというと突っかかる」田中邦衛の役をユースケ・サンタマリア、こうなると、悪役3人を小野武彦・北村総一朗・斉藤暁、逃げてくる気の強そうな小磯に、年齢に難があるが水野美紀、なんてね。
 今年は『隠し砦』『用心棒』とリメイクが続くそうであるが、なんだかなあ。


 

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2008年2月14日 (木)

『鴛鴦歌合戦』

 先月、シネラで観た。レーザーディスクで再三観ていたので、観客の反応も楽しみにしていたが、この楽しいミュージカルに、ほとんど反応しない。観客のノリ次第で、面白さが倍増する作品なのに残念。
 上映前、楽しめるポイントを解説すればよいのに。
 

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